明日の話をしようよ

田舎に来てときどき感じることがあります。

会議、打合せの類の場で答えが導き出されないことが多いということ。

会議が過去のための場となっていることがあります。

どうしたい?

だから、どうすれば良い?

誰がする? いつする? どうやってする?

という順序ではなく

何がダメ?

だからダメ

何がイヤ?

オレはイヤ

みたいな…

過去に誰がどうだったとか、最初から面倒くさいねとか、なんだかとっても過去に疲弊しているのです。

我々移住者は過去を良く知りません。

こうしたいから、こうなったらいいから、だからこうしましょう。

という発言をするのですが

「じゃあ、やれ」

って

乱暴っす。

それで、しばしば失敗します。笑

多くの行事や役割は、常に誰かの犠牲の上に成り立っています。

仕組みでそれを解決しようとはなかなか考えないようです。

明日、もっと楽しくなろうよ。

そんな話をしていきたいと思っています。

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